はじめに 資本主義への反逆が報われない構造
映画『マネー・ショート』のように、市場の暴落を予見し、空売りによって巨万の富を得るストーリーは投資家の心を掴む。言うなれば男のロマンと感じる人もいる。
株価が下落する局面では、持っている株を売るだけでなく、持っていない株を借りて売る空売りで利益を出したいという誘惑に駆られることがある。
しかし、30代・40代が長期的に資産を築こうとする場合、空売りは決して手を出してはいけない禁断の果実である。なぜなら、買い(ロング)と売り(ショート)は対称な取引に見えて、その期待値とリスク構造は全くの別物だからだ。
本記事では、なぜ空売りがあらゆる投資において割に合わない敗者のゲームなのか、その数学的・構造的な理由を解説する。
1. 利益は限定的、損失は無限大という非対称性
空売りが敗者のゲームである最大の理由は、リスクとリターンのバランスが買いとは真逆である点にある。
買いの損失は限定、利益は無限
通常の現物株買いの場合、最悪のシナリオは投資した企業が倒産し、株価がゼロになることだ。つまり、損失は投資額の100%に限定される。一方で、株価は2倍、10倍、100倍(テンバガー)に上昇する可能性がある。利益の上限は青天井だ。
売りの利益は限定、損失は無限
対して空売りの場合、利益の最大値は株価がゼロになった時の投資額の100%に限定される。株価はマイナスにはならないからだ。しかし、株価が予想に反して上昇した場合、その天井は存在しない。
理論上、株価が無限に上がれば、損失も無限に拡大する。実際に、ミーム株騒動などで空売りをしていたヘッジファンドが、株価の大幅な上昇によって数日で破産に追い込まれた事例は枚挙にいとまがない。Gamestop株の空売りを巻き込んだ急騰が有名だ。
2. 資本主義とインフレという重力に逆らう行為
長期投資において空売りが不利なのは、世界経済の基本構造に逆行しているからだ。
株価は長期的には上昇するバイアスがかかる
資本主義経済は、企業の成長とインフレによって拡大し続ける性質を持つ。過去のS&P500のデータを見ても、短期的には下落があっても、長期的には右肩上がりで推移しており、年平均で7%程度の上昇を続けている。
空売りをするということは、この巨大な上昇トレンドという重力に逆らう行為でもある。
むろんたまには大暴落の空売りで大儲けするかもしれないが、それによって脳が味をしめて、空売りを多発するようになる。
時間は空売り側の敵となる
空売りの場合、株を借りているコスト(貸株料)を支払う必要がある上に、配当落日をまたげば、配当金相当額を支払わなければならない。
空売りは持っているだけでコストが発生するため、時間は敵となる。短期決戦を強いられる時点で、戦略的な自由度は著しく低い。
3. ケインズが警告した市場の非合理性
著名な経済学者ケインズは、市場はあなたが破産できる期間よりも長く、非合理であり続けることができるという言葉を残した。これが空売りの難しさを物語っている。
何のことかというと、金融市場の非合理的なバブルは、論理的な分析に基づけばいずれは修正されるとしても、その非合理的な期間は、合理的な投資家が空売りした場合に、資金的・時間的に耐えられる期間よりも遥かに長引く場合がある。
踏み上げ相場(ショートスクイーズ)の恐怖
明らかに割高で、ファンダメンタルズが悪化している企業の株であっても、需給関係だけで株価が理不尽に上昇し続けることがある。空売りをしている投資家は、含み損に耐えきれずに買い戻し(損切り)を迫られる。
この買い戻しがさらなる株価上昇を招き、連鎖的に価格が跳ね上がる現象をショートスクイーズと呼ぶ。論理的に正しくても、タイミングを間違えれば即死するのが空売りの世界だ。
4. 空売りのリスクと構造的なデメリット
改めて、空売りという手法が抱える致命的なリスクを整理する。
追証による強制退場リスク
現物取引であれば、含み損が出ても塩漬けにして回復を待つことができる。しかし、信用取引である空売りには、証拠金維持率というルールが存在する。株価が上昇し、含み損が拡大して維持率が下限を下回れば、追加証拠金(追証)を差し入れるか、強制決済されることになる。(信用買いでも同じ)
市場が一時的にパニック買いになっただけで、資産の全てを失う可能性がある。逆指値などで適切に損切りをできればいいが、そうではない場合に売りナンピンをすると大変なことになる可能性がある。
精神的ストレスと日常生活への支障
損失が無限大であるというプレッシャーは、精神衛生上極めて悪い。仕事中も夜中も、好材料が出て株価が急騰していないかと気が気でなくなる。
30代・40代の投資家にとって、本業や家庭生活に支障をきたすような投資手法は、仮に利益が出たとしても人生の損失である。
まとめ
投資の目的が、限られた資金を効率よく増やし、将来の自由を手に入れることであるならば、空売りは選択肢から外すべきだ。
実際に何かの投資対象に空売りして焼かれている例がSNSでも後を絶たない。
人類の進歩と経済の成長を信じて買い、あとは時間を味方につけて待つ。この楽観的なスタンスこそが、最も合理的で、かつ精神的に豊かな投資戦略である。悲観論で賢く見せるよりも、楽観論で愚直に利益を得ること。それが生存戦略と言えるだろう。
※本記事は情報の提供を目的としており、投資の勧誘や売買の推奨を目的としたものではありません。投資判断はご自身でお願いいたします。


コメント